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杏里

■杏里(あんり)

□肩書き
 歌手 

□本名
 川島栄子

□別名
 ANRI

□生年
 1961(昭和36)08.31(乙女座/A型)

□出身地
 神奈川県

□出身校
 希望ヶ丘高校中退

□略歴(満年齢)
 78年(17歳)楽曲「オリビアを聴きながら」で歌手デビュー。
 83年(22歳)楽曲「悲しみがとまらない」がヒット。紅白歌合戦初出場。
 98年(37歳)楽曲「SHARE 瞳の中のヒーロー」発売。
 ※他の主な楽曲:
  「CAT’S EYE」「気ままにREFRECTION」「思いきりアメリカン」

□趣味
 料理

□サイズ
 168㎝

■杏里

□幼少時代〜
・実家は温泉サウナを経営。
・4人きょうだいの末っ子。兄が3人いる(14歳年上、10歳年上、5歳年上)。
・中学時代、3年間バレーボール部。
・中学時代、毎朝自分でおにぎりを4〜5個作って学校に持って行った。
・父親と兄が厳しかった。
 外出する時は常に親か兄が一緒だった。
 夏の盆踊りが唯一の「親公認の夜遊び」だった。
・よくFENを聴いていた。

■杏里

□私生活
・好物…プリン。
・若い頃は大酒飲みだったが禁酒した。
・健康法…ストレッチ。
・毎年家族と一緒にインフルエンザの予防注射を受ける。
・仕事や人間関係に疲れて自律神経失調症になった(20歳の頃)。
・住んでいる所…神奈川県三浦郡葉山町(=01.09現在)。
・アメリカ・ロサンゼルスに住んでいた。
・いきつけ…フカヒレ専門店「招福門」(横浜中華街)。
・コンビニが好き。「ナチュラルローソン」によく行く。
・ハワイが好き。
・学生時代からの親友6人で毎月1〜2回一緒に食事。
 女性6人グループ・ワッツアップシスターズ。
 学生時代から20年続けている(=00.12現在)。
・家族と仲が良い。
 何かにつけて集まって一緒に食事。
・20歳の頃まで、仕事が終わるとどこにも寄らずまっすぐに家に帰っていた。
 遅い時間の時は兄がクルマで迎えにきてくれた。
・兄の家が放火された日に父親が橋から転落して重傷を負った(=00.03.08)。
・初めて男性と交際したのは20歳を過ぎてから。
・20代前半の頃、六本木のディスコや自宅近くの米軍基地内のディスコによく行った。

■杏里

□人間関係
・倉田まり子、井上望、高見知佳、竹内まりや、能勢慶子、BORO
 …歌手デビュー同期生。
・篠原涼子…杏里のファン。カラオケの十八番は「オリビアを聴きながら」。
・伊達公子…杏里のファン。
・尾崎亜美…「オリビアを聴きながら」を作曲。
・吉元由美…作詞家。曲作りのパートナー。
 ワッツアップシスターズのメンバー。
・山本寛斎…コンサートの演出、衣裳を担当。
・岸田健…山本寛斎の甥。88年6月結婚、93年離婚。
・リー・リトナー…世界的ギタリスト。05年結婚、08年離婚。

■杏里

□エピソードなど
・兄の友人のフジテレビのディレクターに勧められて歌手デビュー。
・夏休みを利用してアメリカ・ロサンゼルスでデビュー曲をレコーディング。
・デビュー当時はアイドルが全盛時代でポップスでのデビューは異色だった。
・「CAT’S EYE」はセンバツ高校野球の行進曲に使われた。
・黒人バックダンサーを起用したダンサブルなナンバーが話題になった。
・87年以来、毎年ハワイでコンサートを開催。
・レコーディングスタジオのキッチンでスタッフと一緒に料理を作って気分転換。
・「SHARE 瞳の中のヒーロー」は長野五輪イメージソング。
・長野五輪の閉会式のフィナーレで「故郷」を歌った。
・台湾大地震の被災者支援コンサート「台湾大地震ハート・エイド」に出演(=99年)。
・美空ひばりのトリビュートアルバムに参加(=00年)。
・ミュージカル「天使は瞳を閉じて」のテーマソングを作曲(=03年)。
・デビュー25周年記念ベストアルバム「R134 オーシャン・ディライツ」発売(=03年)。
・ライブでの失敗が多い。
・3回のアメリカ単独公演がソールドアウト(=26年)。

主要参考媒体
MiL 88年1月号
SAY 00年10月号
Domani 00年12月号

歌手
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