■なすび
□肩書き
芸人 タレント 俳優
□本名
浜津智明
□生年
1975(昭和50)08.03(獅子座/O型)
□出身地
福島県
□出身校
専修大学法学部
□略歴(満年齢)
98年(23歳)テレビ「電波少年」出演(懸賞生活)。
99年(24歳)テレビ「メレンゲの気持ち」出演。
05年(30歳)ドラマ「TRICK」出演。
※他の主な出演:
舞台 「ファンタスティックス」
映画 「Rodeo Drive」「るにん」「M」
ドラマ「OUT 妻たちの犯罪」「嫌われ松子の一生」「水戸黄門」
テレビ「おしゃれカンケイ」「天才てれびくん」
CM 「ハウス食品 うまかっちゃん」
□趣味
お菓子作 献血 サッカー カーリング
□特技
料理
□サイズ
180㎝ 靴のサイズ29㎝
■なすび
□幼少時代〜
・父親は警察官。
・姉がいる。
・子供の頃は丸顔だった。
・幼稚園の先生に初恋。
・子供の頃から人を笑わせるのが好きだった。
・小学校に入った頃には顔が長くなってイジメられた。
・父親の転勤で小学校を3回転校した。
・中学〜高校時代、卓球部。
・高校は男子校。
・成績は優秀で、専修大学法学部に推薦で合格。
□私生活
・顔の長さは約30㎝。
※両親、きょうだいは全員普通の大きさ
・懸賞生活終了後しばらくは普通に服を着ていると汗をかいた。
・語尾あげなどの若者言葉が大嫌い。
・「バカ真面目な人」と言われた事が何度もある。
・25歳まで女性と交際経験がなかった。
■なすび
□人間関係
・チューヤン…友人。麻雀仲間。
チューヤンは免許を持ってないのでクルマに乗せてあげた。
同じサッカーチーム(FCコブラ)。
・柏原崇…友人。麻雀仲間、草サッカー仲間。
・金子昇…友人。麻雀仲間。
・いしだ壱成、袴田吉彦…友人。草サッカー仲間。
・金城修…以前組んでいたお笑いコンビ「覇王樹 (さぼてん)」の相方。
結成3ヵ月で解散したらしい。
・土屋敏男…「電波少年」のプロデューサー。
・宮本亜門…ミュージカル「ファンタスティックス」の演出家。
・西城秀樹…CM「バイオテックヘア−」で共演。
顔を至近距離で見つめ会うシーンで西城が吹き出してNGを出した。
・西田ひかる…憧れている芸能人。
※「おしゃれカンケイ」で対面(=99年)
・広末涼子…憧れている芸能人。
■なすび
□懸賞生活のエピソードなど
・正式な企画タイトルは「電波少年的懸賞生活」。
・「人は懸賞だけで生きてゆけるか?」に1年2ヵ月挑戦した(日本で11ヵ月、韓国で3ヵ月)。
6畳一間のアパートで懸賞ハガキを出し続ける生活を送った。
日本のアパートは新宿にあった(日本テレビの近所)。
・企画のノルマは「懸賞商品の合計金額100万円」だった。
※その後の「韓国編」は「懸賞商品の合計金額が日本ー韓国の航空券のチケットの金額相当」
・出したハガキの総数は7万枚以上(ハガキ代は350万円以上)。
・出演者は「今回のネタは運だけが必要だから」とクジびきで選ばれた。
・企業が宣伝の為にわざとなすびを当選させる可能性があるのでプロフィールを伏せていた。
・据え置きのビデオテープは2時間おきに自分で交換した。
・スタッフがビデオテープを取りに来た時に一生懸命話しかけたが殆ど答えてくれなかった。
・身に付けるモノが当たるまで全裸で過ごしていた。
最初は恥ずかしかったがそのうちに見られているという意識もなくなってきた。
・ファイバーゼリーが当たるまで乾パンと水で半月間過ごした。
・常に空腹だったので性欲が生じなかった。
・鍋がなかったのでパック飲料のケースを使って米を炊いた。
・ドッグフードの味は「ちょっと変わったスナック菓子」で食べるうちに慣れてきた。
・企画を放り出して途中で出て行こうと思った事があった。
・イギリスの高級紙「ザ・タイムズ」に1頁に渡って紹介された(=99.07.20日号)。
・途中で何度か健康診断を受けた。
終了後の健康診断で「栄養失調」と診断された(身長180㎝で体重40㎏台)。
・懸賞生活中に書いた日記をまとめた著書「懸賞日記」がベストセラーになった。
・懸賞生活であたった変な商品:
アントニオ猪木写真集
第51回日本選手権競輪ビデオ
広末涼子ポスター(非売品)
英会話体験レッスンチケット
浮き輪
東京ワギガ研究所のビデオ「悔いのない多汗・ワキガの治療法」
裁縫セット
自動翻訳機「流暢ユーロトラベルⅢ」
地球儀(5月10日放送)
力石徹の人形
モデルさん使用済パンティー(小さすぎてはけなかった)
■なすび
□その他のエピソードなど
・高校卒業時に「お笑い芸人になろう」と決意、上京する手段として東京の大学に入学。
志望動機には「弁護士を目指してます」と嘘を書いた。
・警備員のアルバイトをした。
・「朦朧とする」など難しい漢字をたくさん知っている。
お笑いのネタを書く時に辞書を引く習慣がついて自然に覚えた。
・大学4年の1月に懸賞生活開始、4年を2回留年(=99.11現在)。
・子供と年配のファンが多く、肝心の10代20代の女性にはモテない。
・劇団なす我儘を旗揚げ(=02年)。
・4回目の挑戦でエベレスト登頂に成功(=16年)。
3回目の登頂中にネパール地震による雪崩でベースキャンプが全滅した。
登頂に要した費用2000万円の一部をクラウドファンディングで集めた。
なすび 1975.08.03 芸人
なすび 1975.08.03 懸賞生活