


■中川家(なかがわけ)
□肩書き
漫才コンビ タレント
□メンバー
中川礼二(弟)
中川剛(兄)
□生年月日
礼二…1972(昭和47)01.19(山羊座/A型)
剛 …1970(昭和45)12.04(射手座/B型)
□出身地
礼二…大阪府守口市
剛 …大阪府守口市
□出身校
礼二…守口市立梶中学校 府立守口東高校
剛 …守口市立梶中学校 私立向陽台高校
□略歴
92年 中川家を結成。
99年 テレビ「明石家マンション物語」に出演。
01年 M-1グランプリ優勝(初代王者)。
※他の主な出演:
舞台 「吉本百年物語 キミとボクから始まった」
ドラマ「グッド★コンビネーション」「東京庭付き一戸建て」「よろず刑事」
テレビ「爆笑レッドカーペット」「人妻温泉」「感じるジャッカル」
ラジオ「中川家の半時間」「中川家のネコ電」
CM 「日本コカコーラ ジョージア」「すき家」「モスバーガー」
□趣味
礼二…モノマネ 野球観戦 鉄道マニア 散歩
剛 …料理 ギター
□サイズ
礼二…171㎝ 靴のサイズ27㎝
剛 …157㎝ 靴のサイズ25.5㎝
■中川家
□人間関係
・中川家、サンドウィッチマン、ナイツ
…合同ライブ「漫才サミット」を全国各地で開催。
・マヂカルラブリー、ミルクボーイ、霜降り明星、とろサーモン、
銀シャリ、トレンディエンジェル、博多華丸・大吉、
ウーマンラッシュアワー、ハマカーン、パンクブーブー、笑い飯、
パンクブーブー、NON STYLE、サンドウィッチマン、
チュートリアル、ブラックマヨネーズ、アンタッチャブル、
フットボールアワー、ますだおかだ、中川家
…M-1グランプリ・THE MANZAI歴代王者(逆時系列)。
※2011年〜2014年はTHE MANZAI
■中川家
□エピソードなど
・同世代の芸人がデビューするのに触発された剛が礼ニを誘って大阪NSCに入学(11期生)。
・サラリーマンを辞めて漫才師を目指す事に両親は大反対だった。
・NSC時代、早く結果を出す為に朝から晩まで漫才の練習をした。
・剛は金がなかったのでNSCの月謝は礼ニが払っていた。
・当初のコンビ名は「中川兄弟」だった。
・新人時代のギャラはふたりで1回500円。
交通費にもならなかったので弁当持参で自転車で劇場に通った。
・第30回上方漫才大賞新人賞を受賞(=95年)。
・M-1グランプリの決勝ラウンドの出番抽選で不利な1番を引いてしまった。
・02年春に東京に引っ越した。
礼二に無断で剛が東京進出を決めた。
・上京したての頃に某女性タレント(イニシャルI・A)にイジメられた。
・映画「Mr.ディーズ」日本語版吹替版声優(大阪弁で演じた=03年)。
・映画「木更津キャッツアイ ワールドシリーズ」に出演(=06年)。
・テレビ「爆笑レッドカーペット」のキャッチコピーは「やっぱ好きやねん」。
・「普通の家で家族と一緒に食事をする」という営業をやった事がある。
・「内輪話をネタにしない」ことを約束事にしている。
・どんなに売れても劇場での漫才は続けるつもり。
劇場でウケるためにテレビの人気者でいたいと思っている。
・ネタはだいたい剛が作る。
・ネタを作る時に台本を書かない。
・以前のネタを思い出せない時はYouTubeで確認する。
・剛のパニック障害発症を機にネタのスタイルを変えた。
動きや言葉を全て細かく決めるスタイルから、
大きな流れだけを決めて途中はその場のアドリブで繋ぐスタイルに変えた。
剛のアドリブで予定していたネタを舞台上で他のネタに変える事がある。
・ボケとツッコミは厳密に決まっていない。
・「内輪話をネタにしない」ことを約束事にしている。
・1年間の漫才のステージ数は約360。
・ライブでスベっても気にしない。
・泣き止まない赤ん坊を客席からステージにあげて抱っこしてイジった事がある。
主要参考媒体:
テレビタレント人名事典(日外アソシエーツ、第3版)
ガテン 01年12月26日号
日経エンタテインメント 02年6月号
ぴあ 02年2月9日号