スポンサーリンク

沢田亜矢子

■沢田亜矢子(さわだ あやこ)

□肩書き
 俳優

□本名
 澤田元美

□別名(俳号)
 殺女(あやめ)

□生年
 1949(昭和24)01.01(山羊座/A型)

□出身地
 北海道北見市

□出身校
 北見市立若松小学校
 北見市立南中学校
 北海道立北見北斗高校 
 国立音楽大学声楽科中退

□略歴(満年齢)
 73年(24歳)「アザミの花」で歌手デビュー。
 79年(30歳)テレビ「ルックルックこんにちは」出演。
 00年(51歳)昼の連続ドラマ「はるちゃん4」主演。
 ※他の主な出演:
  舞台 「千三家お菊」「姥ざかり」「三婆」
  映画 「せんせい」「しあわせカモン」「スプーン1杯の幸せ」
  ドラマ「大岡越前」「江戸を斬る」「芸能社会」
  テレビ「クイズヒントでピント」「笑っていいとも!」「ごきげんよう」
  
□趣味
 歌 俳句 スポーツ観戦(テレビ観戦) 猫グッズ収集 
 ドライブ ウインタースポーツ 

□特技
 ピアノ

□資格・免許
 普通自動車免許

■沢田亜矢子

□幼少時代〜
・父親は国鉄職員(建築技師)。
・妹と弟がいる。
・元旦に生まれたので「元美」と命名された。
・子供の頃、粗末な造りの家に住んでいた。
 冬はすきま風でとても寒かった(枕元に霜柱が立った、家にの中に雪が吹き込んだ)。
・子供の頃、食べ物の殆どを自給自足していた。
 動物性タンパク質は飼っていた鶏や父親が川で採ってきた鮭だった。
・習いごと…ピアノ。声楽。
・小学校時代、父親が自分で設計して自宅を建てた。
・小学校時代、共働きの両親を助ける為に兄弟の世話と食事の支度していた。
・小学校時代、ソフトボールのピッチャーをやっていた。
・中学〜高校時代、合唱部。
・中学時代、毎日3時間ピアノを練習した。
 指先を怪我しないようによく体育の授業を休んだ。
・高校時代、生徒会書記。
・高校時代、少し不良っぽい男子と交際(初交際)。
・高校時代、世界で活躍するオペラ歌手を志していた。
・高校時代、片道6時間かけて札幌まで声楽のレッスンに通った。
・大学時代、教師になるつもりで教職課程を取っていた。
・大学時代、同級生との実力差に悩んでノイローゼになって入院。
・大学時代、幼馴染みと同棲していた。
・大学中退後、京都の友人宅に身を寄せた。

■沢田亜矢子

□私生活
・好物…かぼちゃプリン。コーヒー(特にブルーマウンテン)。ペパーミントティー。
 辛いもの(辛い料理目当てで韓国に行く)。
・美容法…サランラップを顔に貼る。
・更年期障害で一時は人の手を助けを借りないと立ち上がれない程まで足腰が弱った。
 サプリメント等の治療でタップダンスができるまでに回復した。
・ハチに刺されてアナフィラキシーになった事がある。
・宝物…ベルサイユ宮殿の絵師が描いた絵皿。
・自宅の庭に母親が植えてくれた柿の木がある(毎年実をつける)。
・猫が大好き。捨て猫を拾って飼った事がある。
・ペット…
 猫(チビクロ、雑種、牡、推定13歳、保護猫=21.06現在)。
 猫(チビ、雑種、牡、推定13歳、保護猫=21.06現在)。
 猫(チビ、雑種、牡、推定13歳、保護猫=21.06現在)。
・住んでいる所…東京都杉並区荻窪(マンション、99.01現在)。
・いきつけ…
 ユーラシア料理「日の丸軒」。
 割烹料理「魚得」(杉並区荻窪)。
 ラーメン「三ちゃん」(杉並区荻窪)。
 レストラン「葉山ボンジュール」。
 「華都飯店」(横浜中華街)。
・近所のコンビニはよく行く。1日3回行く事がある。
・近所の店に普段着で行く。
・タップダンスを習っている(=03.09現在)。
・早稲田大学(オープンカレッジ)に通っている(=03.09現在)。
・台風で自宅の近所の神田川が氾濫して床上浸水してクルマが流された(=05年)。
・ドライブ中に大声で歌を歌う。
・電車の駅の近くに引っ越してから電車をよく使うようになった。
 満員電車に乗った事がある。
 乗り換えを間違えて自動改札でひっかかった事が何度もある。
・両親が相次いで他界(=02年、03年)。
・近所に家族ぐるみのつきあいをしている友人がたくさんいる。
・長女のピアノで歌を練習して音を外すと「何度も同じ所を間違わないで」とダメ出しされた。
・長女に「離婚すると判っていた」「私はお母さんのような人生は歩まない」と言われた。
・長女と孫はハワイ在住(=25.03現在)。

■沢田亜矢子

□人間関係
・あべ静江、大場久美子、林寛子…友人。よく一緒に食事。
 熟女ユニット・女盛りゲザデレタを結成してシングルをリリース(=00年)。
・奈美悦子…友人。家が近所(=15.12現在)。
・木根尚登…女盛りゲサデレタをプロデュース。
・KABA.ちゃん…細木和子に相性がとても良いと言われた相手。
・池内淳子、大空眞弓…舞台「三婆(さんばば)」で共演(=04年)。
・森光子…女優デビュー当時から世話になった。
・島名辰彦…近所のいきつけの店「魚得」のご主人。
・福島瑞穂…松野との離婚裁判で弁護士をやって貰った。
・野村将希…交際を噂された。
・松野行秀…元マネジャー兼所属事務所社長。95.05.29結婚、01.02.23離婚。
 離婚訴訟を起こして離婚。松野の暴力が破局の一因と噂された。
・子供:
 長女…澤田かおり。85.08.17誕生。歌手、作曲家。身長172㎝。
 父親は不倫交際の相手。芸能活動を一時休業してアメリカ・シアトルで出産。
 誕生当初は妹の籍、90年に未婚の母である事を告白して自分の戸籍に移籍。
 アメリカ・バークリー音楽大学に留学。脳腫瘍の手術を受けた(=09年)。
 ※孫…3歳(=25.03現在)

■沢田亜矢子

□エピソードなど
・焼肉屋でアルバイトをした事がある。
・キャバレーやスナックでピアノの弾き語りをしていた時にスカウトされた。
・24歳の時、年齢を4歳若くサバ読みしてアイドル歌手としてデビュー。
・歌手としては売れず、アニメ、ドラマの主題歌、CMソングなどを歌った。
 アニメ「家なき子」の主題歌を歌った。
・妻子ある男性の子供を出産した事でバッシングを受けて仕事が激減した。
・出産の為にアメリカの病院に入院した時に看護婦が話す幼児英語が判らなくて苦労した。
・「ルックルックこんにちは」のエピソード:
 7:00に起床していたのでスタジオ入りは毎回ぎりぎりだった(8:30放送開始)。
 華美な服装で主婦の反感を買わないように5年半毎日紺のブレザーを着用。
 女性の総合司会は史上初と言われた。ギャラを貯金して家を建てた。
・彼氏が撮った若い頃のヌード写真が写真週刊誌に流出した。
・周囲に妊娠していた事を内緒にしていた。
 妊娠中にアイスホッケーの選手を演じた。
・2時間ドラマに多数出演。
・エッセイ集「女として母として受胎のとき」を出版(=93年)。
・大阪ドームの始球式でド真ん中にストライク。
・オペラのコンサートをやった事がある。
・芸能生活30周年記念ディナーパーティーに長女・かおりがゲスト出演(=03年)。
・自宅を「情報ツウ」で公開(=03年9月30日放送分)。
・長女・澤田かおりが「メレンゲの気持ち」に出演(=04年6月12日放送分)。
・58歳でヌード写真集「NO KiDDiNG!」発売(=07年)。
・芸能活動50周年記念ディナーショーで長女と一緒に歌った(=24年)。

主要参考媒体
テレビタレント人名事典(日外アソシエーツ、第3版)
週刊朝日 97年7月25日号
日刊スポーツ 98年1月17日号,98年1月18日号

沢田亜矢子 1949.01.01 俳優
沢田亜矢子 1949.01.01 北海道北見市出身
沢田亜矢子 1949.01.01 国立音楽大学声楽科中退
沢田亜矢子 1949.01.01 長女と孫はハワイ在住

※陳腐化
□元夫(松野)とのエピソード
・身の振り方を相談した事をきっかけに親しくなり、松野が独立して沢田の個人事務所を設立。
・「地獄の底までつきあいます」とプロポーズされた。
・ストレスによる子宮からの出血が1ヵ月続いた(=91年)。
・離婚訴訟で沢田側が「松野にレイプされた」と証言、
 松野側は「沢田の性癖で撮影した夫婦間のセックスビデオを証拠提出する」と反論。
 その後、沢田側が「松野が事務所の資金1000万円を使い込んだ」「松野はすぐ暴力を振るい、
 自宅には盗聴器をセットしていた」、松野側が「沢田はセックスをビデオ撮影する性癖がある」
 と中傷合戦に発展。
・離婚訴訟開始後、杉並区内の自宅を娘と一緒に出て都内に仮の新居を構えた。
 松野に対して自宅から出ていくよう求めたが受け入れられず自分が出る道を選んだ。

タイトルとURLをコピーしました