■和泉元彌(いずみ もとや) □肩書き 狂言師 20世和泉流宗家 □本名 山脇元弥 □生年 1974(昭和49)06.04(双子座/A型) □出身地 東京都板橋区 □出身校 青山学院大学小等部 青山学院大学中等部 青山学院大学高等部 青山学院大学文学部卒業 □略歴(満年齢) 98年(24歳)舞台「ロミオとジュリエット」主演。 00年(26歳)紅白歌合戦白組司会。 01年(27歳)大河ドラマ「北条時宗」主演。 ※他の主な出演: 舞台 「デッド・ギルティ」「アントニーとクレオパトラ」 映画 「未来の想い出 Last Christmas」「首領への道」 ドラマ「必要のない人」「クロサギ」「江 姫たちの戦国」 CM 「ネスカフェ」「あいおい損害保険」「アオキインターナショナル」 □趣味 マンガ プロレス観戦 ファッション フィギュア収集 □サイズ 171㎝ 58㎏ □特筆事項 妻は羽野晶紀 ■和泉元彌 □幼少時代〜 ・父親は狂言師(19世和泉流宗家)の和泉元秀。 ・祖父、父親はともに職分家からの養子。元彌は3代ぶりの嫡子嫡統の宗家。 ・姉が2人いる。 ・1歳の時、宗家として狂言の初稽古。 ・狂言の台詞は師匠からの口伝で覚える。 稽古の時から舞台と同じテンションで大声で発声する。 呼吸の仕方、声の大きさなどすべて師匠の真似をしてそっくりそのまま覚えていく。 ・父親は業界で3本の指に入ると言われた厳しい人だった。 「前日やった事は翌日に必ず完成させろ。3回繰り返すうちに覚えろ」と指導された。 教えられたことができない時は扇が曲がる程父親に叩かれた。 稽古が終わると毎日母親の膝で泣いた。 稽古がない日は父親が地方公演の時だけ、翌日がテストでも稽古をした。 ・夏休みに家族旅行で毎年熱海の温泉に行った。 旅先の宿でも狂言の稽古をした。 ・日常生活の躾も厳しかった。 正座の仕方からおじぎの角度まで細かく教えられた。 ・父親が幼稚園の送り迎えをしてくれた。 ・中学時代、体操部(部長)。 ・高校時代、陸上部。 ・部活は稽古や公演で休んでも迷惑をかけない個人競技を選んだ。 ・学生時代、昼休みにバレーボール部員に混じってバレーボールをした。 ・大学時代、母親と姉同伴でディスコ(ベルファーレ)に行き、 踊らずに見学だけして30分で帰った。 ・22歳の時、米米CLUBのコピーバンドを結成、母親と姉同伴でライブハウスに出演。 ・大学を8年かけて卒業。 ■和泉元彌 □私生活 ・好物…貝の握り。茶粥。鴨せいろ。セロリの漬け物。バナナ。 「アンナミラーズ」のチョコバナナパイ。 アイスクリーム(1年中食べる)。甘いもの。 ・嫌いな食べ物…ドライフルーツ。 ・酒、タバコをやらない。 ・マンガが大好き。 ・好きなテレビ…「テラスハウス」。 ・忘れ物が多い。 やるべき事のメモを妻が残しておいてくれてもやり忘れる。 ・宝物…家紋入りのよろい(値段は高級国産車程度)。 ・聖徳太子が作ったとされている面(おもて)が代々和泉家に伝わっている。 ・好きなブランド…ケンゾー。ベルサーチ。 ・1泊2日の旅行で4パターンの服と靴を持って行く。 ・自宅に耐火構造の巨大な装束蔵がある(数千枚の装束が収められている)。 ・住んでいる所…東京都板橋区(=00年現在)。 ・実家から徒歩3分の所に住んでいる(=06.03現在)。 ・愛車はランドクルーザー(安全性能、装束を積みやすい)。 ・ディズニーランドが大好き。 ・クルマを運転中にバイクと接触する人身事故(=06年)。 バイクに乗っていた高校生が1週間の怪我。 ・毎年伊勢神宮に狂言の奉納に行く。 ・家族仲が良い。 各々の誕生日やクリスマスは家族で一緒に祝う。 ・子供の幼稚園の送り迎えをする。 ・長女の幼稚園の卒園式で泣いてしまった。 ・子供の小学校のPTAに参加。PTA主催のバレーボール大会に選手として出場。 ・離婚協議中と報じられた(=07年)。 ・一時妻と別居していた。 ・愛妻家。毎日頻繁に連絡を取り合う。 妻に長文のLINEを送る。 妻に激しいやきもちを焼く。妻の携帯をチェックする。 胸元が露出する服、ミニスカート、ショーパン、ジャージを着て欲しくない。 ※ジャージは体のラインが出るから ■和泉元彌 □人間関係 ・石井竜也…和泉元彌のデビュー曲「SIGNAL」をプロデュース。 ・久保純子…紅白歌合戦の司会で共演。 ・安倍なつみ…ソルトレイクシティ五輪のスタジオキャスターで共演。 ・青木さやか…元彌の父親は青木が通っていたアナウンサー養成所の講師。 元彌も授業アシスタントを務めた(狂言の授業)。 ・長田庄平…和泉元彌のモノマネをする。 ・京極夏彦、小林カツ代…狂言好きの有名人。 ・和泉節子…母親。狂言プロデューサー。 従来の狂言にはなかった地方での自主公演や海外公演などをプロデュース。 ・和泉淳子…姉。初の女性狂言師。 ・和泉祥子…姉。10世三宅藤九郎。和泉淳子に次ぐ2人目の女性狂言師。 三宅家は和泉家の職分家(弟子家)。 ・羽野晶紀…02.01.05東京・築地本願寺で挙式。6歳年上。 舞台「ロミオとジュリエット」での共演が交際のきっかけ(=98年)。 「一緒にお墓に入ろう」とプロポーズ。離婚協議中と報じられた(=07年)。 ・子供: 長女…采明(あやめ)。02.04.28誕生。 長男…元聖(もときよ)。04.07.26誕生。 ■和泉元彌 □エピソードなど ・3歳の時、「靱猿」で初舞台。 ・10歳の頃から父親の相手役を務めた。 ・16歳で狂言界の秘曲「釣狐」20歳で「花子」と史上最速ペースで大曲を演じた。 ・21歳の時、父親が他界して20世和泉流宗家(家元)を襲名。 父親は脳出血で舞台上で倒れて急死(享年58)。 ・「ござる」は狂言が誕生した室町時代の武士の共通語。 ・毎日狂言の稽古をする。 ・CM「ネスカフェゴールドブレンド」に同CM史上最年少で出演。 ・身長サバ読みを噂された(実際は168㎝?)。 ・青山学院大学6年在学中に山陽学院大学の客員教授に就任(=99年)。 ・文部省「子育てについての普及資料企画会議」メンバー(=99年)。 ・現存する狂言の流派は和泉流と大蔵流のみ、 プロとして活動する狂言師は全国に約50名(=00年現在)。 ・婚約会見で母親が「はっきり申し上げて(羽野への)不安はございます」と発言。 ・シングル「SIGNAL」をリリース(=01年)。 ・ソルトレイクシティ五輪のスタジオキャスター(=02年)。 ・母親が「ウラまるカフェ」で嫁姑問題などに関して弁明(=02年)。 ・母親が「笑っていいとも!」にレギュラー出演、人生相談コーナーを担当(=02年)。 ・母親、姉から「宗家」と呼ばれる。 ・和泉流に伝わる254曲全てを演じる事ができる。 ※80〜100曲を演じる事ができればプロとして一人前 ・多い時は年間200以上の公演をこなす。 ・自分が生きている間に日本で狂言を観た事がない人がいなくなる事を目指している。 ・アメリカ、イタリア、フランス、中国で公演をした事がある。 ・シェークスピアやモリエールを取り入れた狂言を発表。 ・イギリスのグローブ座でシャークスピアを題材にした狂言を上演。 ・新作狂言「桃太郎」「渋谷姥捨物語」を発表。 ・アドリブが苦手。 ・テレビ出演の為に奈良県での公演に2時間半遅刻(=02年)。 ・発熱で北海道・音更町公演をドタキャンした当日にテレビ番組に生出演(=02年)。 ・公演への遅刻や早退、協会批判などで能楽協会から退会処分を受けた(=02年)。 処分無効などを求める訴訟で東京高裁で敗訴(=06年) ・ダブルブッキングでヘリコプターと小型ジェット機で岐阜県可児市から東京に移動(=02年)。 ・プロレスイベント・ハッスルマニアに出場(=05年)。 ・駐車違反の出頭要請を6回無視して道交法違反の疑いで逮捕(罰金を支払って即日釈放=05年)。 ・和泉流狂言の運営会社が税務調査で5年間で約1億5000万円の所得隠しを指摘された(=06年)。 ・子供向け狂言教室の講師を務める(=13年)。 主要参考媒体 AERA 00年3月20日号 JUNON 02年4月号 zakzak 11年12月21日掲載分 和泉元彌 1974.06.04 狂言師 和泉元彌 1974.06.04 大河ドラマ主演 和泉元彌 1974.06.04 男性芸能人(2000年代) 和泉元彌 1974.06.04 北条時宗