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上條恒彦

■上條恒彦(かみじょう つねひこ)

□肩書き
 歌手 俳優 

□本名
 上條恒彦

□生年
 1940(昭和15)03.07(魚座/O型)

□没年
 2025(令和07)07.22(享年85)

□出身地
 長野県東筑摩郡朝日村

□出身校
 朝日国民学校
 朝日中学校
 長野県松本県ヶ丘高校

□略歴(満年齢)
 71年(31歳)「出発の歌」がヒット。
 72年(32歳)「だれかが風の中で」がヒット。紅白歌合戦初出場。
 86年(46歳)舞台「屋根の上のバイオリン弾き」主演。
 ※他の主な出演:
  舞台 「ラ・マンチャの男」「マイ・フェア・レディ」「キャバレー」
  映画 「男はつらいよ寅次郎の子守唄」「獄門島」「千利休 本覺坊遺文」
  ドラマ「3年B組金八先生」「春よ、来い」「葵 徳川三代」

□趣味
 畑仕事

□サイズ
 176㎝ 75㎏

■上條恒彦

□幼少時代〜
・きょうだいが5人いた。
・2歳の時、父親が胃ガンで他界。
・子供の頃、川と家を何度も往復してお風呂の水汲みを手伝った。
・子供の頃から声が大きかった。
・中学時代、成績は抜群だった。
・高校時代、演劇部と文学部と応援団。
 先輩に「君は声が良いので演劇をやるといい」と勧められ演劇部に入部した。

■上條恒彦

□私生活
・得意料理…みそ汁(大豆を育てて作る自家製みそを使用)。
・若い頃は酒が大好きだった。
・咽頭部の良性ポリープの為に舞台出演をキャンセルして療養(=08年)。
・住んでいる所…長野県富士見町(八ヶ岳の麓=19.04現在)。
・自宅はログハウス、自宅の中にブランコがある(=00.07現在)。
・無農薬有機栽培で野菜を作っている。
 大豆、ナス、キュウリ、じゃがいも、ニガウリ、香菜、ブルーベリーなど。
・自宅の近くでクワガタやカブトムシがたくさん捕れる。

■上條恒彦

□人間関係
・小室等…六文銭のリーダー。
 上條恒彦+六文銭でリリースした「出発の歌」を作曲。
・宮崎駿…宮崎の別荘が自宅の近所にある。
・杉田かおる…学生時代に上條の息子をシメていたらしい。
・崔洋一…顔が似ていると言われている。
・前妻…65年結婚、79年離婚。
 上條が歌声喫茶で歌っていた時のファンだった。
 ※[68年結婚]とする媒体もある
・斉藤悦子…元女優。83年結婚。16歳年下。
・子供:
 長男…恒。67年誕生。※[69年誕生]とする媒体もある
 次男…契。68年誕生。※[70年誕生]とする媒体もある
 三男…盟。83年誕生。
 四男…太。85年誕生。
 五男…響。
 六男…駿。90年誕生。

■上條恒彦

□エピソードなど
・高校卒業後、俳優を志して上京。
・荒物問屋、コンクリート工場、新聞配達、サンドイッチマン、
 ダンプカーの運転手、旅館の下働き、歌声喫茶の歌手などの仕事をした。
・俳優座を受験して不合格(=62年)。
・歌声喫茶のマスターにすすめで歌手を志した。
 営業中に店で歌って閉店後に楽器を勉強。
 テナーサックス奏者としてキャバレーを廻った。
・テレビ「ステージ101」初期メンバー。
・デビュー曲「雨よふれ」は全く売れなかった(=69年リリース)。
・デビュー当時はレコーディングが苦手だった。マイクの前に立つと緊張した。
・第2回世界歌謡祭グランプリを受賞(=71年)。
・「だれかが風の中で」はテレビ「木枯らし紋次郎」の主題歌(最終回にゲスト出演)。
・「さよならの世界」で第4回世界歌謡歌唱グランプリを受賞(=73年)。
・「出発の歌」は音楽の教科書に採用された。
・声優としてウォルター・マッソー、ショーン・コネリーの吹き替えを担当。
・丸大食品ののCMソングを歌った。
・アニメ映画「紅の豚」に声優として出演(=92年)。
・アニメ映画「千と千尋の神隠し」に声優として出演(=01年)。

上條恒彦 1940.03.07 – 2025.07.22(享年85)歌手 俳優
上條恒彦 1940.03.07 男性芸能人(1970年代)若い頃

歌手
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