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渡辺えり

■渡辺えり(わたなべ えり)

□肩書き
 俳優 演出家

□所属
 劇団300(げきだんさんじゅうまる、78年〜97年)

□本名
 土屋えり子

□旧芸名
 渡辺えり子

□生年
 1955(昭和30)01.05(山羊座/O型)

□出身地
 山形県山形市

□出身校
 山形西高校
 舞台芸術学院

□略歴(満年齢)
 96年(41歳)映画「Shall we dance?」出演。
 13年(58歳)朝ドラ「あまちゃん」出演。
 14年(59歳)映画「舞妓はレディ」出演。
 ※他の主な出演:
  映画 「青春かけおち編」「いこかもどろか」「カンゾー先生」
  ドラマ「おしん」「元禄繚乱」「OUT」
  テレビ「バイキング」「スタジオパークからこんにちは」「徹子の部屋」

□趣味
 写真

□サイズ
 160㎝

■渡辺えり

□幼少時代〜
・父親は教師。
・毋親は農協の経理→専業主婦。
・弟がいる。
・家族全員血液型がO型。
・祖母、叔父、叔母が同居していた。
・自然に囲まれた山間の小さな集落で5歳まで育った。
・両親がGHQの指導に忠実に従って欧米人並みの栄養を与えてくれたので太ってしまった。
・切手を集めていた。
・よく弟とはげしい兄弟げんかをした。
・子供の頃、遠くに光が見える街が東京だと思っていた(実は山形市)。
・子供の頃、お誕生会などのイベントで自分で脚本を書いて泣きながら練習。
・小学校低学年の頃、いじめられっ子だった。
 太っている事をからかわれた。
・小3の時、作文を担任にほめられて自信を取り戻し、
 いじめられっ子から一転して学級委員長を務めるようになった。
・小5の時、謝恩会で劇「光る黄金の入れ歯」を上演(作・演出・主演)。
 初めて書いた本格的な戯曲(同級生と共作)。
・中学時代、演劇部がなかったので合唱部に入った(部長)。
・中学時代、教室でスカートが落ちてみんなにパンツを見られた事があった。
・高校は県内随一の進学校。
・高校時代、演劇部。
・高校時代、フォークグループ「終着駅」を結成してフォークジャンボリーに参加(3位)。
・高1の時、舞台「ガラスの動物園」を観て「芝居がやりたい」と猛烈に思った。
 楽屋訪問をして長岡輝子に「どうしたら役者になれますか?」と訊いてアドバイスを貰った。
・高校卒業後、父親の反対を押し切って上京。
・舞台芸術学院時代、3畳1間共同水道共同トイレ風呂なしのアパートに住んでいた。
・舞台芸術学院時代、おでん屋「酒処おでん やま」(東京都豊島区)でアルバイト。
 おかみさんは誰よりも数多く渡辺の舞台を観てくれた。

■渡辺えり

□私生活
・好物…寿司。コハダの握り(大好物、30カン食べた事がある)。
 インスタントラーメン(大好物)。おでん。ハンバーグ。
 ウニ。ホヤの酢の物。あわ紅豆腐。
 温野菜。ナスの浅漬け。ふきのとう。
 食用菊。あけび。パイ菓子「里の山」。
・嫌いな食べ物…赤飯。タルタルソース。
・得意料理…芋煮。
・食べる事が大好き。太りやすい体質。早食い。
・ごぼうのささがきが得意。
・酒が好き。好きな酒は日本酒の熱燗、生ビール。
 飲みに行くと途中で帰らない。
 若い頃は連日4:00まで飲んで翌日11:00に劇場に入った。
・禁煙外来に通ってニコチンパッチを使って3ヵ月かけて禁煙した。
 禁煙以前は1日100本のヘビースモーカーだった(30年間喫煙)。
・健康法…イチョウの葉エキス(認知症予防)。オリーブ茶。玄米。
・約50種類のダイエットに挑戦して全て失敗した。
 ダイエットの為のサプリメント、器具を多数購入。
・泣き虫。
・肩凝り性。
 仕事の時に必ず肩に湿布を貼る
 湿布を貼らないと思った言葉がすぐに出てこない。
・ひとつの舞台脚本を書く為に資料50冊以上読む。
 自宅に3000冊以上の本がある。
・喉が痛い時は漢方の飲み薬を飲む(日本には売っていない)。
・小学校時代から低血圧。
・超夜型。朝6:00〜8:00頃に寝る。
 深夜に絶好調になる(深夜に脚本を書く)。 
・神経質。時計の音が聞こえると絶対に眠れない。
・お風呂が好き。毎日じっくりつかる。
 新聞を読みながら1時間入浴する。
・風呂上がりに全裸でフラダンスを踊るのが好き。
・泳げない(=24.02現在)。
・片付けが苦手。
・ホラー映画が苦手。
 怖過ぎて映画の途中で劇場を出た事がある。
・2歳の時に観た映画を覚えている。
・通販が好き。
・新しモノ好き。
・花柄などかわいい感じのモノが大好き。
・離婚を機に終活をはじめた。
 膨大な演劇関係の資料を大学に寄贈。
・ペット…
 犬2匹(親子、名前は愛子と笑子=05.10現在)。
 猫(名前は雪彦、12歳=21.09現在)。
・住んでいる所…東京都世田谷区(二世帯住宅を購入してリフォーム、
 20畳のけいこ場がある=05.10現在)。
・いきつけ…
 おでん「やま」(池袋、若い頃にアルバイトをしていた店)。
 「徳家」(大阪・千日前、大阪公演の度に行く、クジラのハリハリ鍋がおいしい)。
・カラオケの十八番…沢田研二「時の過ぎゆくままに」。
・ペンギンが大好き。
・浅草が好き。
・深夜営業のスーパーが好き(原稿書きに煮つまると行く)。
・おみくじでよく「凶」をひく。
・道を覚えるのが得意。
・電車で人間観察をするのが好き。
・お金持ちの役作りで高級マンションに住んだ時に空き巣に入られた。  
 1ヵ月の舞台の為に半年間住んだ。金目のモノを全部盗られた。
・心配性。
・プライベートで旅行に行く時は事前にガイドブックを熟読する。
・ひとり旅でルーマニアの田舎(マラムレシュ)をまわった事がある。
・根は人見知り。
・社交辞令が嫌い。
・父親は95歳で他界。
 晩年は認知症で介護施設に入っていた。
 父親から毎週来た手紙を全部保存してある。
・母親は認知症で介護施設に入っている(=22.12現在)。
・弟は教師。
・処女を失うまでは霊感が強かった。
・21歳の頃、彼氏に「俺を取るのか芝居を取るのか」と迫られて「芝居を取ります」と答えた。
・20代前半の頃に交際中の彼氏と結婚しようと思ったが親に反対されて諦めた。
 その男性と30歳頃まで約8年間交際して結局別れた。
・失恋して自殺を考えていた時に元夫(土屋)と失恋の相談をして酔った勢いで仲良くなった。
 交際当初は周囲にバレないようにこっそり会っていた。
・劇団員に対して「劇団員同士の恋愛は禁止」と言っていたので示しがつかないので結婚した。
・新婚の頃に元夫(土屋)が「世界で一番かわいい」と言ってくれた。
・新婚の頃はよく元夫(土屋)とベタベタしていた。
・元夫(土屋)と一緒に海外旅行に行くと毎回現地でケンカになった。

■渡辺えり

□人間関係
・中村勘三郎(故人)…親友。同い年。仲人。
 会うとひたすら芝居の話をした。
 酔ってケンカして馬乗りになって中村の首を締めた事がある。
・風吹ジュン、根岸季衣…友人。
 3人で集まってお茶1杯で朝まで盛り上がる。
・藤真利子…友人。独身時代はしょっちゅう一緒に飲んでいた。
・大竹しのぶ…友人。
 舞台でアドリブの応酬で悪口を言い合って仲良くなった。
・キムラ緑子…友人。よく電話で話す。
・宇梶剛士…友人。売れない頃に渡辺が主宰する劇団300の舞台に出演。
 舞台の稽古を巡って言い争いになり顔面をビンタした事がある。
・高畑淳子…友人。同い年。お互いの自宅を訪問。
・ケーシー高峰、ウド鈴木、トモ(テツandトモ)、三浦昌朗(ロケット団)
 …友人。同郷(山形県出身)。
・斉藤暁、波乃久里子…友人。
・田中美佐子、飯島直子、伊藤英明…ドラマ「OUT」で共演。
 4人で東京ディズニーランドに行った。
・柄本明…飼っている犬の子供をあげた。
・もたいまさこ…舞台芸術学院の同級生。
 もたいの実家で時々食事をごちそうになった。
・豊川悦司…劇団300に在籍、演出助手をやっていた。
・テツ(テツandトモ)…劇団300に在籍していた。
・美輪明宏…美輪の舞台で演出助手を担当。
 少ない予算で工夫して作った小道具を美輪に褒められた。
 美輪のアドバイスで劇団名を200から300に改名。
 美輪のアドバイスで芸名を「えり子」から「えり」に改名。
・深沢敦…ボイストレーニングの先生。
・あき竹城…顔が似ているとよく言われる。
・沢田研二…憧れている芸能人。小6の時から大ファン。
 修学旅行で京都に行った時に沢田の実家に行って庭の松の木の枝を記念に折ってきた。
 沢田に会いたくて芸能界を志して東京に出て来た。
 学生時代にタイガースの解散番組の山形での放送を求めて署名活動をした。
 沢田の60歳記念ライブでサインボールをゲットした。
・西田敏行…憧れている俳優。
 高3の時に西田の舞台「写楽考」を見て「女・西田敏行になりたい」と思った。
・弟…中学の国語教師。
・土屋良太…俳優。劇団300の劇団員。95.07.07結婚、19.04.01離婚発表。12歳年下。

■渡辺えり

□エピソードなど
・舞台芸術学院で指導を受けた講師と仲間と一緒に兼八事務所を設立して作品を上演。
 並行して劇団青俳の演出部の仕事を手伝った。
・アルバイト歴…
 パン屋(時給120円、上京当時)。
 おでん「やま」(池袋、週3日)。
 ホステス(客に口説かれると「結婚するんですね?」訊いた)。
・アルバイト先のパン屋で貰った2個のパンだけで1ヵ月暮らした事がある。
・母親から「絶対に人からお金を借りるな。困ったら交番に行け」と言われていたので、
 交番に行って「カツ丼を食べたいから500円貸して下さい」と言ったら、
 「そんな事の為に貸せない」と断わられた。
・共同水道・共同トイレの風呂なしアパートに30歳過ぎまで11年間住んでいた。
 エアコンがなかったので夏場は信用金庫の客用の机で原稿を書いた。
・6畳一間のアパートに住んでいた時に泥棒に入られて2000円を盗まれた。
・劇団300の第2回公演に客が5人しかいない公演があった。
・「ゲゲゲのゲ」で岸田國士戯曲賞を史上最年少で受賞(=83年)。
・30代半ばの時に初めて風呂付きの部屋に住んだ。
・若い頃は食費を削って舞台や映画を観た。
・ドラマ「おしん」の田中裕子をいじめる役が話題になった。
 山県弁が自然だったので「プロの俳優ではなく、地元の女性が出ている」と言われた。
・ドラマ「おしん」のギャラで滞納していた家賃を払った。
・演劇界の男女差別をなくす為に男性の3倍働いた。
・芝居を見て気になった事があると面識がない俳優でも楽屋に突撃してダメ出しする。
 勝新太郎の芝居を観た後で悪気なく勝新太郎本にダメ出しした事がある。
・自宅にけいこ場を作るまではホールの抽選に外れると公園で稽古していた。
・舞台の本番前に毎回緊張で吐きそうになる。
・嘘をつくと鼻を触ってしまう癖がある。
・シャンソンのライブを開催(=98年)。
・CD「風が吹いてきたら」をリリース(=99年)。
・演劇集団宇宙堂を旗揚げ(=01年)。
・「イラク攻撃と有事法制に反対する演劇人の会」を結成して
 イラク戦争をテーマにした反戦朗読劇「あきらめない−演劇は非戦の力」を上演(=03年)。
・自宅を「メレンゲの気持ち」で公開(=05年10月15日放送分)。
・美輪明宏の助言で芸名を「渡辺えり子」から「渡辺えり」に改名(=07年)。
・日本劇作家協会副会長に就任。
・役作りで断食道場3日間通って8㎏減量。
・講演の仕事が多い。
・年2〜3回コンサートを開催。
・渡辺えり演劇塾を主宰(=15年現在)。
・毎日新聞で人生相談を担当(=17年)。
・両親が「メレンゲの気持ち」にVTR出演(本人撮影=17年9月16日放送分)。
・主な著書:
 戯曲「ゲゲゲのげ」「タ・イ・ム 夢坂下って雨が降る」
 エッセイ集「こんな女になってみたい」「うたた寝のジュリエット」
 童話集「屋根裏部屋のハミング」

主要参考媒体
テレビタレント人名事典(日外アソシエーツ、第3版)
東京人 03年10月号
週刊朝日 16年1月22日号

渡辺えり 1955.01.05 俳優 演出家
渡辺えり 1955.01.05 あまちゃん(TV)
渡辺えり 1955.01.05 山形県山形市出身

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