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千昌夫

■千昌夫(せん まさお)

□肩書き
 歌手

□本名
 阿部健太郎

□生年
 1947(昭和22)04.08(牡羊座/O型)

□出身地
 岩手県陸前高田市

□出身校
 水沢第一高校中退
 京都芸術大学(書画専攻、通信制=22年入学)

□略歴(満年齢)
 65年(18歳)「君が好き」で歌手デビュー。
 66年(19歳)「星影のワルツ」がヒット。
 77年(30歳)「北国の春」がヒット。
 ※他の主な出演など:
  映画「初恋宣言」
  ドラマ「水戸黄門」「時間ですよ 昭和元年」
  テレビ「あまから家族」「千昌夫の評判家族」
  CM「松下電器産業 パナカラー クイントリックス」「カゴメ 野菜ジュース」
  楽曲「君がすべてさ」「望郷酒場」「津軽平野」

□趣味
 スポーツ 動物愛玩 写真

□特技
 ベッドメイキング

□資格・免許
 飛行機操縦免許

□サイズ
 170㎝67㎏ 靴のサイズ25.5㎝

■千昌夫

□幼少時代〜
・父親は左官職人。
・5人兄弟の次男。
・田舎で生まれ育った。
・手作りのそりで山の斜面を滑って遊んだ。
・小3の時、父親が心筋梗塞で他界(享年48)。
・母親は早朝の畑仕事を終えた後、
 朝7:00から夜7:00まで気仙沼に働きに出ていた。
・家はとても貧乏だった。
 教科書を買って貰えなかった。
 料金滞納でしょっちゅう電気を止められてロウソクで夜を過ごした。
・早く母親を楽にしてあげたいと思っていた。
 相撲取りになることを考えたが体が大きくならずに断念。
 プロボクサーを目指してボクシング部に入るが約1年で挫折。
・中学を卒業後に働くつもりだったが兄の援助で高校に進学した。
・高校は自宅から遠かったので家を出て下宿生活をした。
・高校時代、三沢出身のハーフの女の子と交際。
・夜行列車で上京する時にクラスメイトがホームに見送りに来てくれた。

■千昌夫

□私生活
・好物…醤油(何にでも醤油をかける、海外にも持参)。
・食卓にキャンドルがあると子供の頃の貧乏な生活を思い出してしまう。
・3ヵ月のダイエットで体重を15㎏落とした(=94年)。
・06年秋から禁酒、禁煙。
・健康法…筋トレ。
・鳥が大好き。
・ペット…
 鳥(インコ多数=23.07現在)。
 鳥(烏骨鶏、3歳、卵を産む=18.04現在)。
・800坪の畑を借りてさつまいもを作っている(=10年現在)。
 収穫したさつまいもをお世話になっている人に送る。
・東日本大震災で同級生や知人が多数他界。
・子供が小さい頃、子供部屋の枕元にマイクを置いて様子をチェックした。
・次男・ローレンス健樹が白血病を患った。
・毋親は99歳で他界(=20年)。

■千昌夫

□人間関係
・吉幾三…親友。吉の「俺ら東京さ行くだ」「雪国」をプロデュース。
・コロッケ…コロッケが千のモノマネをした縁で仲良くなった。
 ジョイントコンサートを全国で開催(=94年)。
 デュエット曲「上野に五時半」をリリース(=94年)。
・布施明…友人。若い頃にお互いの彼女が知り合いだった。歌手デビュー同期生。
・新沼謙治…友人。同郷の先輩。事務所の先輩。
 家の壁の塗り替えを新沼(元左官屋)にやって貰った。
・美川憲一…歌手デビュー同期生。
・山本譲二…酒の席で酔った千が山本を殴打、と報じられた(=96年)。
・角川博…千のモノマネができる。
・ぼんちおさむ…千のモノマネが得意。
・阿部三登里…デュエット曲「めおとの旅」をリリース(=93年)。
・遠藤実…作曲家。師匠。
・ジョーン・シェパード…歌手。アメリカ人。72年結婚、88.07離婚。
 慰謝料50億円と報じられたが実際は広尾の自宅の居住権だけだった。
・アマンダ・ナスターシャ…元ダンサー。アメリカ人。92年7月ハワイで挙式。
・子供:
 長女…ナターシャ。14歳(=03.09現在)。
 次女…ダニエラ。12歳(=03.09現在)。 
 長男…アレキサンダー太郎。11歳(=03.09現在)。  
 次男…ローレンス健樹。93年誕生。

■千昌夫

□エピソードなど
・高2の春休み、歌手を目指して家出同然で上京。
 上京資金はアルバイトで溜めたお金と仲間からのカンパ。
 上京したその足で作曲家・遠藤実を訪ね、何度断られても粘って内弟子にして貰った。
・内弟子時代の睡眠時間は2時間程度。
・「学生トリオ」として活動。
・アイドル風青春歌謡でデビュー。
・デビュー曲から3枚目まで全く売れなかった。
・「星影のワルツ」は3枚目のシングルのB面だった。
・「星影のワルツ」発売時のキャンペーン:
 有線放送に自分でリクエストの電話を朝から晩までかけ続けた。
 山手線にタスキ姿で乗ってひとりひとりに頭を下げるキャンペーンを繰り返した。
・ヒット曲が出た後も5〜6年は6畳の狭い部屋に住んでいた。
・「星影のワルツ」の印税とボーナス(計350万円)を元手に不動産業を始めた。
・20歳の時に4500万円で山を買った。
・不動産会社アベインターナショナルを設立(=72年)。
・最盛期の資産は1000億円。
 ロンドン、オーストラリア、パリ、ハワイにホテルを所有。
 「歌う不動産屋」と呼ばれた。
・「北国の春」は発売後92週目で100万枚を突破。
・前妻との離婚騒動で昼夜追い回すマスコミから逃げる為に、
 東京から自家用セスナを操縦して沖縄に飛んだ時、
 良い計器がなかったので磁石だけを便りに航行した。
・約7年間歌手活動を休止して不動産業に専念。
・バブル崩壊により事業が経営危機に陥って次々に倒産、借金総額は2500億円に達した。
 ゴルフ場ミリアセンダイが負債総額420億円で倒産(=99年)。
 不動産会社アベインターナショナルが負債総額1034億円で倒産(=00年)。
 貸しスタジオ・アートプラザセンが負債総額84億円で倒産(=00年)。
・不動産会社が倒産した際に居所不明と報じられた。
・推定日建て800万円のギャラを債務返済と利払いにあてた。
・推定10億円の豪邸(神奈川県横浜市)を売却。
・心機一転の為にトレードマークだった額のホクロを手術で取った(=99年)。
・ドラマ「水戸黄門」にゲスト出演(=02年)。
・シングル「人生ふたり旅」発売時に約30年ぶりに店頭キャンペーン(=03年)。
・ステージに出る前に滑舌を良くする為に新聞を音読する。
・紅白歌合戦に通算16回出場。

主要参考媒体
テレビタレント人名事典」(日外アソシエーツ、第3版)
週刊文春 00年7月13日号

千昌夫 1947.04.08 歌手
千昌夫 1947.04.08 岩手県陸前高田市出身
千昌夫 1947.04.08 北国の春
千昌夫 1947.04.08 男性芸能人(1980年代)紅白8回
千昌夫 1947.04.08 男性芸能人(1970年代)紅白5回
千昌夫 1947.04.08 男性芸能人(1960年代)星影のワルツ

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