スポンサーリンク

伊達公子

■伊達公子(だて きみこ)

□肩書き
 テニス選手(17年引退)

□本名
 伊達公子

□生年
 1970(昭和45)09.28(天秤座/B型)

□出身地
 京都府京都市上京区

□出身校
 京都市立鷹ヶ峰小学校
 大津市立瀬田中学校
 園田学園高校

□略歴(満年齢)
 94年(24歳)全豪オープンベスト4。
 95年(25歳)全仏オープンベスト4。
 96年(26歳)全英オープンベスト4。
 ※主な出演:
  テレビ「とんねるずのスポーツ王は俺だ!!」

□趣味
 ドライブ 茶道 スキー ゴルフ 卓球 フットサル

□サイズ
 163㎝53㎏

□特記事項
 WTA世界ランキング4位(1995年11月)

■伊達公子

□幼少時代〜
・父親は京都市交通局勤務、
 市バスの運転手や地下鉄の駅の仕事をしていた。
・3にんきょうだいの末っ子(兄、姉)。
・男の子と遊ぶのが大好きだった。
 ままごとや人形遊びは全然しなかった。
・子供の頃から負けず嫌いだった。
・習いごと…エレクトーン。
・両親、兄がスポーツ好きで、子供の頃に色々なスポーツをやった。
・小1の時、テニスをやっていた両親の影響でテニスクラブに入った。
・小学校時代、嫌いな食べ物が多かったので給食が嫌いだった。
 牛乳が嫌いだった。
・小6の時、滋賀県大津市に転居。
・視力検査で2.0がはっきり見えていた。
・中学時代、家が厳しかった。
 門限が早かった。男の子からの電話は取次いでくれなかった。
 ファーストフード・炭酸飲料は禁止。
 その反発で寮生活に憧れてテニスの名門高校に進学した。
・高校時代、上下関係に反発して先輩と対立した。
・高校時代、インターハイで優勝。
・高2の時、全日本選手権4位。
 それがきっかけにテニスに自信がついてテニスが強くなりたいと本気で思い始めた。

■伊達公子

□私生活
・好物…寿司。親子丼。辛麺。ラウゲンシュタンゲン(ドイツのパン)。
   ごま豆腐。漬け物(自宅にぬか床)。甘いもの。
・食べる事が大好き。
 基本的に身体が欲しているモノを食べる。
 遠征先の国の料理を楽しむ。
・若い頃は大食だった。
 焼肉に行くとごはんをどんぶりで4〜5杯食べていた。
・健康法…クランベリーシュース(毎朝飲む)。玄米。
   ピラティス(夫と一緒にやる)。ジョギング。
・左膝の内視鏡手術を受けた(=16年)。
・睡眠時間は10時間(大会中のみ?)。
・注射が苦手。
・好きなミュージシャン…杏里。今井美樹。ZARD。平松愛理。
・テニスは右ききだが基本的には左きき。
・キッチングッズが大好き。
・住んでいる所…
 東京都(テニスコート付きのマンション)。
 モナコ(すぐ目の前が海=07.11現在)。
・成城テニスクラブでテニスをする。
・最初の現役引退後、料理、茶道、着物の着付け、ペン習字を習った。
・ドイツ語、クラシックバレエを習っている(=06.09現在)。
・親しい友人から「ダテック」と呼ばれる。
・ブログをほぼ毎日寝る前に更新する。試合中に書く事がある。
・手紙が好き。
・IP電話を愛用。
・父親はがんで他界(=07年)。
・若い頃は当時のトップ選手と殆ど交流がなかった。

■伊達公子

□人間関係
・石黒賢…家族ぐるみのつきあい。
・陣内貴美子…親友。「伊達ちん」と呼ばれる。
・松岡修造…友人。本音で話せる仲。
 フェド杯のドイツ戦(グラフに初めて勝った試合)で松岡が大きな日の丸を振って応援、
 インプレイ中に松岡の声がうるさくて集中できなかった(=96.04.28)。
・錦織圭…友人。一緒に食事する。ミックスダブルスの試合に出場した事がある。
・浅越しのぶ、佐藤直子、杉山愛、福島晃子、益子直美…友人。
・片山右京、中村繁之、水内猛、薬丸裕英…友人。
・シュティフィ・グラフ…友人。現役時代のライバル。夫と幼馴染み。
・リンゼイ・ダベンポート、コンチタ・マルティネス…友人。現役時代のライバル。
 現在も連絡を取りあう(=13.01現在)。
・フランチェスカ・スキアボーネ…15年全仏で大会最年長ペアを組んで1回戦を突破。
・ロジャー・フェデラー…東京で一緒にカラオケに行った。
・岡江久美子…同じスポーツクラブに通っていた。
・熊川哲也…熊川主宰のバレエ教室に通っていた。
・光国彰…園田高校テニス部監督。
・小浦猛志…フェドカップ監督。
・土川由加…テレビ東京アナウンサー。
 引退セレモニーの英文スピーチ原稿を手伝ってくれた。
・岩崎恭子…伊達のファン。伊達の試合を生観戦した事がある。
・鈴木京香、八木亜紀子…伊達のファン。
・中村雅俊、キアヌ・リーブス…好きなタイプ。
・栗山英樹…交際を噂された。
・中井貴一…交際を噂された(婚約間近と報じられた)。
・ビスマルク…プロサッカー選手。交際を噂された(=98年)。
・ミハエル・クルム…ドイツ人カーレーサー。01.12.01挙式、16.09.27離婚発表。
 ルマン耐久レースの番組で知り合った。東京カテドラル教会で結婚式を挙げた
 日本のレースに7年間出場。日本語が堪能。一緒に過ごせたのは年間30〜60日だった。
 離婚後もよくLINEが来る。
 ※「おしゃれカンケイ」に出演(=04年8月1日放送分)
・夫…22年1月結婚。5年間交際して結婚。52歳の誕生日に結婚を発表。

■伊達公子

□エピソードなど
・高校卒業と同時にプロになった。
・1年のうち2/3は海外で過ごす。
・テニスは個人スポーツなので、ホテルや航空券の手配、コーチなどスタッフとの契約、 
 練習場のブッキンングなどは全て自分の裁量。
・日本人選手は通常スポンサーとの契約金で経費を賄っているが、
 外国人選手にはスポンサーなし(賞金が全て)でやっている選手もたくさんいる。
・基本的にコーチ、トレーナー、マネージャーの4人でチームを組む。
・小さな炊飯器を持参しておにぎりを作って試合会場に持参。
・若い頃は海外遠征時のトランクの半分はお菓子だった。
・最初の現役中は常に肩の痛みに悩まされた。
 四十肩のように腕が全然上がらなくなる事はよくあったが試合の時は無理やり上げる。
・試合に勝つと自分へのご褒美としてローレックスの時計を購入。
・口の中に血の味がするまで激しい練習で自分を追い込んだ。
・日本人女子選手初の世界ランキングのトップ10入り(=94年)。
 トップ10に入った頃からランキングを維持するプレッシャーでテニスが苦行になってきた。
・自己最高ランクは世界4位。
・フェド杯で3時間25分の熱戦を制して尊敬するシュティフィ・グラフに初勝利(=96年)。
 ファイナルセットのゲームスコアは12-10。
 体力の限界で脚もけいれんしていたが試合をしていて駆け引きが楽しかった。
・ウィンブルドンのセンターコートで日本人選手として初勝利(=96年)。
・96年全英オープン準決勝のグラフ戦、第2セットを制してイーブンに持ち込むが、
   日没サスペンデットで翌日に行われたファイナルセットで敗退。
・最初の現役ラストマッチの相手はマルチナ・ヒンギス。
・若い頃がメディア嫌いだった。
・海外遠征が多かったので最初の引退後しばらくはひたすら家にいた。
 1〜2年間全くラケットを握らない時期があった。
・子供と一緒にテニスをするイベント「カモン! キッズテニス」を全国で開催(=98年〜)。
・CM「爽健美茶」で元夫と夫婦共演(=02年)。
・トヨタプリンセス杯のダブルス(エキジビション)で6年ぶりに公式戦に出場、 
 左足アキレス腱を部分断裂(ほぼ完全断裂)して途中棄権(=02年)。
 手術するのが嫌だったのでギブスで固定して自然治癒させた。
・ロンドンマラソンでフルマラソンに初挑戦(=04年)。
・TBS「はなまるマーケット」にレギュラー出演(=05年)。
・エッセイ集「いつも笑顔で」を出版(=06年)。
・子供服をプロデュース。
・ミハエル・クルムと結婚中の登録名は「クルム伊達公子」。
・ミハエル・クルムが現役復帰を強くすすめてくれた。
 「真剣勝負をしているキミコを見たい」とずっと言われ続けていた。
・試合当日におにぎりをたくさんたべる。
・復帰4戦目のカンガルーカップでシングルス優勝。
・東レパンパシ1回戦で前年優勝のマリア・シャラポワに勝利(40歳=10年)。
・HPジャパンオープンで当時世界8位のサマンサ・ストーサーに勝利(=10年)。
・全仏、全英で両脚の内転筋を痛めてツアー大会で13連敗(=12年)。
・12年夏から年末にかけて、トレーニング方法を大きく変えて肉体を鍛え直した。
 テニスの練習を2日に1回に制限。
 バランスボールなどを使った機能トレーニングに毎日長時間やった。
・全豪オープン女子シングルスで大会史上最年長で3回戦進出(42歳=13年)。
・ウィンブルドン女子シングルスで大会史上最年長で3回戦進出(42歳=13年)。
・WOWOWテニスアンバサダー(=18年)。
・副業…パン屋「FRAU KRUMU」経営(=18.04現在)。
・愛媛県と岐阜県にジュニア国際大会を新設。
・日本テニス協会理事に就任(=21年)。

伊達公子 1970.09.28 京都府京都市出身
伊達公子 1970.09.28 元夫はドイツ人
タイトルとURLをコピーしました